⑮内定先を5日で辞めたアホがこちらです(が、何とかなりました)

大学4年生の12月下旬、ついに就職内定をつかんだ私は新年度からの正規雇用に向けて、年明けから内定先の老舗そば屋にアルバイトとして入ることになった。働くのは鹿児島移住の資金が貯まるまでという秘密はあるが、正社員としての大きめな額の給料を確保するため、最高の働きをするつもりでいた。

しかし、社会人への道は予想の斜め上を行く展開となる。こんなに次々と試練が来なくてもいいのにと、当時は思ったものだった。

 

私、要らなかったらしいです。

入社日。スタッフたち全員の前で自己紹介をし、今日からお世話になりますと挨拶をしたところで、開店準備のために各々持ち場へ散っていった。

その様が、あまりにもいつも通りといった、自然すぎる流れで驚いた。まるで私が見えていないかのように、それぞれが仕事を進めていく。

 

(え、基本動作は最初に教えてもらえるものじゃないの?)

 

早々に、置いてきぼりになりかけた。新人なのだからスムーズに仕事をさせるためにも、最低限教えておくべきことの一つや二つくらいはあるだろうと思ったからだ。

研修などはないのかと気になって先輩に尋ねたが、特にないらしい。はじめから何も教えないことに疑問を覚えたけれど、ぶっつけ本番で何とかなるという判断の元そうなったのかもしれない、とその時は思うことにして様子を見ることにした。

 

が、違和感はその後も続いた。新人が入ったにもかかわらず、いつになっても、誰一人リーダーシップをとって教育しようとしないのだ。

配属先はホールスタッフで、調理とレジ打ち以外の業務全般。分からないことがあればその都度聞きながら仕事をこなしていたが、何もかもこちらから聞かない限り教えてもらえない。その上、既存のスタッフが何かと黙って先にやってしまうため、やらせて覚えさせようという意志も感じられない。

指示待ち人間になるつもりはなかったので、「何か手伝うことはありますか」「こう言う場合の対処について教えてください」などと積極的に先輩たちに話しかけ、自分から仕事を取りに行こうともしてみた。

しかし「今は間に合っている」「分かる人がやっておくから大丈夫」と返され、仕事を見つけようにも任せてもらえない。おまけに仕事を得られず手が空いてしまう私に、何かしろと注意すらしてこない。

 

何かがおかしいと思った。入る隙間がないと言うのだろうか、私がいなくても回せているように見える。

客足が引いたタイミングで、思い切って面接の時に話をした役員の女性に「募集を出していた割には人手が足りているように見えますが」と言ってみた。

すると少し気まずそうな顔をされ、驚きの、でも納得の事実を告げられる。

 

「今は人が余っている状態なの」

 

正直なところ、困惑した。私を採用した張本人がそう言ったのである。

人余り。では、なぜ雇った。

余計な人件費がかかって損失になるだろうし、現場においても不要な人間が増えれば邪魔なだけだから、雇い入れるメリットはなかったはずだ。

募集していたけれど長期にわたって誰も来ず、結局今の人数で回せるようになってしまったのか?最後に入った人で本来は足りていたのに、惰性で募集の貼り紙を出し続けていたということか?応募が来てしまったから責任をとらなければと、義務感に駆られて仕方なく採用したのか?

雇われた理由が全く分からないが、一つだけ分かる。

 

(要するに、私は要らん、と。)

 

一気にやる気が落ちていくのを感じた。せっかく頑張って働こうと意気込んでいたところに、実は自分は不要な人物であったという事実。あなたはいてもいなくてもいいと遠回しに告げられて、働きたいと思い続けられる人などいるだろうか。

私には無理だった。本当にここにいて居ていいのだろうか、邪魔になるだけなっておいて給料をもらっていいのかと、居心地悪い気持ちで働きはじめることになってしまった。

こんなことなら面接の前に断ってくれた方が良かったと、己の運命を嘆きながら・・・。

 

教育方針で社長と対立した。

アルバイト5日目になる頃。私は、しばしば理不尽な目に遭っていた。

そば職人である社長が料理中に突然私を呼び、聞いたことのない名称の食器や初めて注文を受けた料理に使う食材を「今使うから持って来い」と、差し迫ったタイミングで命じることがよく起こるようになった。

しかしホール担当で調理場には入らないことになっていた私が、調理にかかわる物のことなど教わっていないので知るはずもない。

さらに、探しに行くために「どこにありますか」と聞けば教えてはくれるものの、必ず「見てないから覚えていないんだ」「覚える気がないんだろ」と怒られる。

いや待て。こちらにも接客業務があるので、呑気に厨房を見ている暇などない。それに、見て覚えるのは見続けることで記憶するということなわけで、

入社数日・毎日同じ料理の注文を受けるわけでもない・そもそも調理場で働いてすらいない人間が、見る機会もない、担当外の仕事を正確に把握していることなどあり得るだろうか。

 

さすがにこのやり方は不適切だと思い、同じくホールスタッフで4年ほど勤めているという同い年の女の子がいたので、彼女が入ったときはきちんと仕事を教えてもらえたのかと聞いてみた。

すると、なんと彼女も同じように入社当初は仕事を教えてもらえなかったと言った。

店側の方針は、「見て覚えろ」だと言う彼女。初日から誰も何も教えてこなかったのは私が不要だから最初から教育するつもりはない、という意志表示なのかと思ったがそういうわけでもないようで、ずっとこのような教育法であったらしい。

だが知りもしないことを要求され、知らないことを責められるのは明らかに間違っているし、何も教えないやり方は自主性の育成とはまた別問題だと思った。

いくら小さなことでも、ミスをされれば少なからず損失を生む。だからこそミスをされて困る部分は予め教育すべきであるし、経営する上でも先に教えておく方がうまく回るはずだ。

なのに、大切なことを教えるために持ち場を離れて労力を費やす気もない。必要な教育まで怠るのが、私は気に入らなかった。

 

自分の正義を曲げなかった新人は、

私が店に必要かどうかはひとまず考えないとして、経営として最善の方針とはとても思えないと感じた私は、理不尽に怒られっぱなしでいるのをやめ、一社員として社長に異議を申し立てた。

「そんなに大事なことならはじめから教えておくべきだと思います」と。

提供するのは料理だから、味さえ良ければ他のことはどうでもいいのかもしれないし、それぞれが面倒な思いをせず働ければいい人たちの集まりなのかもしれない。

でも、誰もこの問題点を指摘せず、上司は問題とも思っていないことが、私にとっては問題に思えた。

覚える気がない?教える気がない人に言われたくない。ろくに仕事を任せようともしなかったのに、急にやったこともない重要なことをさせて、できなければ全てこちらのせいか。

私にも、今まで同じように攻められてきた人たちにも落ち度はないはずだ。

 

これは仕事。会社の存続がかかっている。重視すべきは上司の機嫌を取ることでなく、会社を成長させること。それが責任なら、上司に意見を出して嫌われることなど怖くなかった。きっと黙っている方が、今後この店が別の人を雇う時に悪影響になるだろうから。

精神を病んだ時の「人の迷惑になることは罪」という意識が、強い責任感という武器に変貌していた。どうすれば迷惑を減らせるか、どちらの方が迷惑か。無意識に自分の行動が周りに及ぼす影響について考える癖が染みついていたことで、会社の損失を減らせそうな方法を主張でき、待ち受ける批判にも立ち向かおうと思えた。つらい経験も、思わぬ形で良い方に働いてくれるものだ。(第十三話参照)

 

対する社長の答えはというと、「教えてもどうせお前は覚えない」の一点張りで、こちらの主張を聞く姿勢も見せない。入って数日しか経っていない人間の何が分かるのか、私は仕事を覚えない人間として認定されていた。

 

この時点で、もうこの職場には見切りをつけようと思った。自分を悪く言われたからではなく、成長する見込みがない人間に給与を払って労働させるという矛盾しすぎた行動に呆れてしまった。

経営の経験がない人間でも分かる、無駄な行為。加えて人余りの中、雇われた理由もよく分からない。

この経営者の下について働くのは馬鹿馬鹿しいな、と思ってしまったのだ。

世の中にはこの仕事しかないわけではない。ここでの仕事に、もう時間を費やしたくない。もはやこの関係は、双方のためにならない。本来不要である私を雇った時点で、意味のある雇用関係ではなかったのだから。

 

もうどうにでもなれ。いつか働き手の全員に愛想を尽かされて、店を存続できずに廃業に追い込まれてしまえばいい。

そう思い、私は6日目の出勤日の朝、社長のデスクに

「新しい職場を見つけたので退職します。お世話になりました。お給料は頂きません」

と書き置きを残し、無言で店を去って職を手放した。

 

やめちまった どうしよう。

収入源も確保してうまくいきそうだったのに、まさか5日で辞めることになるなんて。あの職場に未練はなかったが、またもや私の就活はふりだしに戻ってしまった。

もちろん新しい職場など見つかっていない。とりあえず店の近くにあったマックに逃げ込み、次の自分の行動について考える時間をとることにした。

「運が悪かった」で済ませてもよかったけれどまた同じことが起きては困るので、どうしてうまくいかなかったか一人で反省会を始めた。自分の受けたひどい扱いがかなり頭に来ていたため全部店側が悪かったと思いそうになったが、そこを何とか抑えて、自分にも問題はなかったか振り返る。

すると、自分でも見えていなかったことがいろいろと洗い出されてきて、なんとなくこれが原因ではないか・・・というところにたどり着く。

 

―――私は、楽をしようとしすぎていた―――

 

働きたい<就活を終わらせたい

まず、「この仕事をしたい」という気持ちが置き去りになっていたような気がした。就活から早く解放されたいがために、半分「もうここでいいや」という気持ちで終わらせにかかってしまった部分があったのだ。

 

できる限りやりたいと思える仕事を見つけようとしたところまでは良かったのだが、魅力的な求人に巡り会えず、卒業が近づくにつれてタイムリミットが迫るように思えて、早く就職を決めてしまいたい気持ちから手近なところで済ませてしまった感じであった。

親や大学の教員たちに左右されるつもりはなかったと言っても、彼らの監視の目が常に自分に向いている日々を送っていたことはやはりストレスで、そんな時にあのそば屋の求人が現れたものだからつい飛びついてしまった。

 

飲食店での仕事は楽しかったので「やりたくないけど我慢してやる」という意識はなかったものの、「やりたい」というよりはどこか「これでいい」という妥協に似た気持ちであり、働くことでなく就活を終わらせることが目的になってしまっていたように思う。

 

経験があれば楽に働けると思った。

仕事を選ぶ上では何らかの経験を生かせそうな職を選んだ方が楽だと思っていたが、実はそれほど経験は関係ないのではないかと、この5日間を通して考えるようになった。

かつては、経験者であることはあらゆる面で優位になると思っていた。こちらは経験があるから始めやすいし、会社側もすぐに戦力になる人材が欲しいはずだから未経験者より経験者を求めるだろう、と。

 

裏を返せば、一切やったことのない仕事は覚えることが多くなりすぎてストレスにならないか、全くの未経験だと採用してもらえないのではないか、などという心理的なブロックがあったのだ。

基本的に私は、就職活動にも入社後に仕事を覚える作業にも労力を割きたくなかったので、採用率が高くなる方法で苦労が少なそうな仕事を得ようとしていた。

 

しかし、同じような業務内容であっても、場所が変わればやり方も変わるし、備品の配置も人も雰囲気までもすべてが変わってくるため、どこに入っても覚える苦労はある。

現に、麺類を主に提供する飲食店での仕事は4年間のアルバイトで慣れていると思い、「経験者」のつもりでラーメン屋からそば屋に移ったものの、入ったばかりでは食器や食材もどこに何があるのか当然ひとつも分からなかった。

そのため初日からスムーズに動けたとはとても言えない。経験が生かせた部分と言えば、注文取り・配膳・食器下げといった接客業務だけで、一から覚えなくてはならないことの方が多くて苦労した。

 

それに、気に食わなかった教育方針に関しても、その店ではそのやり方が普通だったわけで、店側も異論など唱えられたくなかったはずだろう。上司も同僚も、新人ごときの発言で考えを変えてくれるような柔軟な人たちではなかった。

同じ職場に出戻りしたわけでもないので、「前はこうだった」は通用しないのだ。いくら経験者であることを推されても、自分たちの方針に合わせられない私は、ただただ扱いづらいだけの邪魔な人間となる。

したがって、職種が同じでも職場が変わるということは、全く別の仕事をするに等しいといえる。働いたことのない環境に新人として飛び込む場合、未経験も同然なのだ。似たような仕事の経験があることは、必ずしも良い方向に働いてくれるわけではないと知った。

 

「楽」を考えるのは一旦やめよう。

そこで私は反省し、楽をしようとするのをやめた。

妥協に走りそうになる気持ちをぐっと堪えて、経験の有無・採用される見込み・業務内容の難易度など「楽」にかかわる要素は一旦無視し、興味を持ったか・やってみたいかで考えてみることにした。

未経験の仕事であっても「やってみたい」と思ったら迷わず応募。そば屋での一件で、経験がある方がいいという考えはむしろ邪魔になるかもしれないと思い直した。前の職場と比較して嫌な部分が目につきすぎるあまり、新しい職場でのルールを拒絶してしまうということが今後も起こりかねないからだ。

 

何もできない自分として入社することにはハードルを感じていたが、よく考えればそれほどデメリットもなかった。

入社していきなり過度な期待をされることもないだろうし、面接時に語る志望動機だって「未知の世界に飛び込んで刺激を受けることが好き」「今まで馴染みがなかったから興味をそそられた」と言えば立派な明るいアピールポイントとなる。

自分が人を雇う立場だったらと考えると、大事なのはまず、意欲だと思った。はじめから能力が高い人材は確かに魅力的かもしれないが、それよりも嬉しいのは「喜んで働いてくれる人材」ではないだろうか。

能力は、やりたくてやるから上がっていくものだ。必ずしも最初から必要なものではない。

 

推測でしかないのだが、そば屋の社長が方針とする「見て覚えろ」とは、「本気でこの仕事をしたいのなら、教えなくても積極的に人を見て覚えようとするものだ」という考えだったのではないかと、後になって思った。

働いていた時は「覚える気がない」と決めつけられて腹が立ったし、やや無理な要求をされていたのでどちらかというと被害者はこちら側であった気もする。しかし、私の本来の目的は鹿児島移住のための貯金だったため、本気でそば屋の仕事をしたいわけではなかった。

社長は、私が本気でないことを見抜いていたのかもしれない。本気でやりたくてやっている人間から見て、熱意が感じられなかったのだろう。覚えなかったことではなく、仕事に対する姿勢を怒られていた可能性もあると思った。

 

私は、意欲が決定的に欠如していた。どこの採用担当者も同じ意見とは限らないが、自分の利用価値を説く前に、まず働きたい意欲を主張すべきだろう。

やれそうな理由でなく、やりたい理由を大事にして、私はまた就職活動をやり直してみた。

 

楽をやめたら最高の仕事に出会えた。

親にはそば屋を退職したことを言わず、毎朝出勤していた時間に家を出てどこかしら屋内に入り浸り、応募書類を記入したり求人誌を読みあさったりして過ごしてから退勤時間あたりに帰宅する、というごまかし方をしていた。(働き続けているとは一言も言っていないので、一応嘘はついていない)

 

そんな、やや後ろめたい生活を続けること約2週間。未経験でも意欲を押しだす作戦は意外に好印象だったのか、多種多様な職場の面接を受けたがこの短期間のうちに4件ほど採用の連絡を受けた。こんなにも多くの会社から求められたことは初めてだった。

それもそのはず。これまでは「今の自分にできそうかどうか」で仕事を選んでいたため、応募すらしなかった求人がたくさんあった。応募しなければ、当然採用される可能性も上がらない。私は無意識のうちに自分の能力を制限し、可能性を狭めていたのだ。

制限を自分の中からなくしたことで、今まで認識できなかったチャンスが目に入るようになり、新たな道を開く鍵を手にすることができたわけである。

 

私はその中でも特に魅力を感じた、園芸店に勤めることにした。

市内で有名な店で、たくさんの花に囲まれて働けることになった。自然に触れるのが好きだったのでものすごく心が惹かれたし、勤務時間は半日であったがシフトも多くて稼ぎも確保でき、さらには半年ほどの短期雇用。期間が終われば上司との話し合いもなく無条件に退職できる。

やってみたい上に、半年で貯金を作って移住する自分が思い描けた最高の求人だった。

親には出勤当日に「今日から花屋になる」と手短に明かし、少々困惑されたが最終的には私の選択を尊重してもらえたようで、今度こそ私は働き口を確保して、晴れて就活から解放されたのであった。

 

まさかの波乱で幕明けた内定先でのアルバイト。社長と対立して、ほんの5日で内定を自ら捨てるという展開はさすがに予想していなかったが、その試練のおかげでより働きたいと思える職場に巡り会い、採用してもらえることになった。

どうなることかと思ったし腹が立つことも沢山あったけれど、自分の考えの甘さを知り、反省して成長もできたと思えば、すべて経験して良かったと感じられるのだから不思議なものだ。